Jan 08, 2010

サッカーユニフォームに憧れ、その時代

2002年。日本に初めてサッカーのワールドカップがやってきました。当時のことを記憶と日本がサッカーの話題があふれていました。私はちょうど小学生の自分にJリーグが開幕した世代なので、国内のサッカーは知っていましたが、日本のサッカーよりもはるかに高い水準の"世界"が来ることを喜んでいます。選手たちの華麗なプレーはもちろん、私は華やかなサッカーユニフォームにも魅了されました。その中でも最も印象に残っているのは、イングランド代表のユニフォームです。白地に国旗の赤のライン。赤いアウェイユニフォームも姿良かったです。以来、Jリーグを含め、私はシーズンごとに変わるサッカーユニフォームに関心をすることになりました。
私は中学生の時に地域スポーツクラブに所属していました。学校の部活では陸上部もしていたのですが、学校の部活は、週に2回しかなく、場所も時間も限られており、それだけでは不足のために、そのスポーツクラブに所属していたものです。自分は長距離ランナーでした、そのスポーツクラブは、短距離でも長距離でも夏は短距離の練習冬には長距離の練習のような感じで、ある特化しているわけでもなく、"陸上競技"自体を楽しむことができた。スポーツクラブは、ある程度の緊張感を持ちながら、楽しく練習して体を鍛えるには最適だと思います。
昨年国内外で高い評価を得た大西順子の本格復帰第一弾となるアルバム『バロック』が、ニューヨークのジャズ・マガジン「ALL ABOUT JAZZ:NEW YORK」が選定する【ALBUMS OF THE YEAR】に選ばれた。

現在「Downbeat」「Jazz Times」といった有名雑誌媒体を並び本場アメリカで影響力の高いジャズ・パブリシティの一つに挙げられる「ALL ABOUT JAZZ」。ジャズ・クラブ、CD ショップ、楽器店、学校等、約200 ヶ所で無料配布されているフリーペーパーで、購読者は毎月22,000 人以上にも上るという。

大西順子はさらに昨年10月19日マンハッタンのジャズ・クラブ「ジャズ・ギャラリー」で開催された現地ジャズ・メディア向けのショウケース・ライヴが【CONCERT OF THE YEAR】に選ばれ同誌のアワードを2部門で獲得。日本人アーティストとしては快挙といえる、ライヴとレコーディング同時受賞を成し遂げた。

今後の大西順子だが、2月にブルーノート、ビルボードライブを回る国内ツアーを行い、3月には復帰後初となる全米ツアーを予定している。

【国内ツアー情報】
2月10日(木) 名古屋ブルーノート
2月11日(金) ビルボードライブ大阪
メンバー:大西順子(p)、井上陽介(b)、ジーン・ジャクソン(ds)
2月25日(金)、26日(土) ブルーノート東京
メンバー:大西順子(p)、レジナルド・ヴィール(b)、グレッグ・ハッチンソン(ds)

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 ■ベイスターズ日本一の時昼間から一緒に美酒

 お笑いブームを仕掛けるなどバラエティー番組に一時代を築いた元フジテレビのゼネラルプロデューサー、横澤彪さん(享年73)。その人脈、興味分野は幅広かった。タレント、タモリ(65)の才能をともに開花させたジャズピアニスト、山下洋輔(68)が振り返る。

 横澤さんとの出会いは、東京・四谷三丁目にあった頃の酒場「ホワイト」でした。テレビ関係者も集まるところで、タモリや「今夜は最高!」「笑ってる場合ですよ!」の放送作家、高平哲郎さんもよく来ていた。横澤さんを最初にお連れしたのは、高平さんだったと記憶しています。

 横澤さんは年上ですけど、気が合いました。その頃に私が鍼灸医の竹村文近先生をご紹介したので、以来30年近く「鍼友(しんゆう)」でした。

 毎年、竹村先生の薬膳パーティーで同じテーブルになって、奥様ともども楽しい時間を過ごしました。横澤さんの歯にきぬ着せぬ話には、スカッとしたものでした。

 2人とも横浜ベイスターズの大ファンと分かって、さらに親しくなりました。アンチ巨人の私が神奈川の葉山に越したとき、当時の大洋ホエールズも横浜へ移ってきた。そこに自分と1字違いの山下大輔選手がいて「天のお告げだ。ここだ!」と決めたのです。

 1998年、権藤博監督の下、佐々木主浩選手を擁してリーグ優勝し、日本シリーズを制覇。この年は、やはりベイスターズファンの小説家の丸谷才一先生と横澤さんの3人で盛り上がりました。

 横澤さんからご本をいただくと、こちらはお礼の手紙に必ず「横浜方面」についての感想を添えるのが習慣でした。私はベイスターズの応援歌をビッグバンドで演奏してCDになっていますが、横澤さんはお嬢さんが横浜球場の場内アナウンスをされましたから、かないませんよ(笑)。

 優勝の年には、3人で雑誌で鼎談もしましたし、日本一になったときは「優勝祝いだ!」と、葉山の贔屓のお蕎麦屋さんに横澤さんと丸谷先生を招いて、昼間から美酒に酔いしれました。どこからともなく洩れ、ある新聞のコラムに「横浜はよいファンを持ったものだ」なんて書かれたのも良い思い出です。

 私のコンサートにも何度も来られ、「お笑いの連中にもこういうのを見てもらいたい」と言われ光栄でした。感性の鋭さは晩年まで変わることがありませんでした。

 15日に、横澤さんも毎年足を運んでくださっていた恒例の東京オペラシティでのコンサートがあります。口はばったいけれど友人として、横澤さんへ届く演奏をしたいと考えています。 (ジャズピアニスト・山下洋輔)

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こんな時代だからこそ ”こだわりのスタイル”


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